• 考え

    絹の糸

    シルクはなめらかな肌触りのゆえに、衣服などにおいても価値の高いものである。もっとも、服飾ではその光沢も重要な要素ではあるが。 三味線や箏の弦にはシルクの糸が用いられており、その肌触りの良さが、触るたびに指に心地よい。

  • 考え

    無聊

    無聊については色々と言われており、それは一般的には沈んだ心を表現するようだ。   「休日で体の疲労は治るかもしれないが、精神的にはかえって滅入ってしまいそうだ。やはり私たちは何か忙しい仕事に追われ、それに没年している時が一番幸福なのだ。」 島田覚夫『私は魔境に生きた』 p.310   「山にいた頃は、狩りよ、何よ、と正月準備に忙しかったものだが、今の私たちには何の準備も要らぬ。それだけに何の楽しみもなく、ただ侘しく年の改まるを待つばかりである。」 島田覚夫『私は魔境に生きた』 p.549  

  • 考え

    比喩とは異なるものに類似を見ること

    アリストテレスによる詩作における文体についての注意 とりわけ最も重要なのは、比喩をつくる才能を持つことである。これだけは、他人から学ぶことが出来ないものであり、生来の能力を示すしるしに他ならない。何故なら、優れた比喩を作ることは、類似を見て取ることであるから。 アリストテレス『詩学』岩波文庫 p.87   ラマチャンドランによる共感覚(synesthesia)の観点からの示唆 数字と色の共感覚は最もよくあるタイプの共感覚であり、しかも、数字の領野と色の領野が脳の同じ部位の中で互いに隣りあっているのです。したがってこの人たちの脳の中では、私の幻肢患者たちと同じように、なんらかの偶然によって混線すなわちクロス配線が生じているのではないかと思われます。幻肢の場合と違うのは、それが切断手術のためではなく、脳の遺伝的変化のために生じたという点です。[『脳の中の幽霊ふたたび』p.100] このクロス配線やクロス活性化は、なぜ起るのでしょうか? 家系に遺伝するという事実は、遺伝子あるいは遺伝子群の関与を示唆しています。その遺伝子は何をしているのでしょうか? まず、私たちはみな、過剰な結合をもって生まれてくるという可能性があります。胎児期の脳には余分な結合が沢山あり、それが刈り込まれて、成人の脳を特徴付けるモジュール構造が形成されます。共感覚の人たちはこの「刈り込み」遺伝子に欠陥があり、その結果として、複数の領野のあいだにクロス活性化が生じるのではないかと私は考えています。[同前、p.105] 芸術家、詩人、小説家に共通しているのはメタファーを作る技能、すなわち脳の中で無関係に思えるものどうしを結びつける技能です。[中略] それでは、仮定の話を一歩進めて、この「クロス活性化」あるいは「過剰結合」の遺伝子が、紡錘状回や角回だけではなく、もっと広く脳全体に発現している場合を想定してみましょう。先にお話したように、この遺伝子が紡錘状回で発現していると、その人は低次の共感覚者になり、角回/TPOで発現していると高次の共感覚者になります。しかし、もしこの遺伝子があらゆるところに発現して、脳全体にもっと大規模な過剰結合があったら、その人は、メタファー作る能力、すなわち一見無関係な物事を結びつける能力を持ち易くなるでしょう。[同前、p.109]